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神に選ばれし者 〜ジョージ・ベスト〜

 2005年11月25日。ひとりの伝説のサッカー選手が星になった。翌日行なわれた英国プレミアリーグの全ての試合で黙祷が捧げられ、59歳での早過ぎる別れに涙し、観衆は彼の名を叫び続けた。
 ジョージ・ベスト -

今なお語り継がれる、60〜70年代を席巻した名プレーヤーである。凡人には計り知れないほどの独創性に富んだプレーで、あの“サッカーの王様”ペレをして、『史上最高のプレーヤー』と言わしめた男。

 15歳で名門マンチェスター・ユナイテッドにスカウトされ、17歳で本格的なプロデビューをする。ほどなく主力選手に成長してリーグ優勝、得点王、欧州選手権を制覇し、ついにわずか22歳の若さで史上最年少の欧州年間最優秀選手(バロンドール)に輝いた。まさに新しい時代を予感させるような鮮烈さである。まだまだ“男どものスポーツ”だった当時のサッカー界において、彼は初めて女性たちをスタジアムに駆り立たせ、そして空前の熱狂を巻き起こした。“5人目のビートルズ”と呼ばれ、長髪に甘いマスク、それでいて野性的。他の選手がみな平凡に見えてしまうほどに芸術的で予想不能な異次元のパフォーマンス。ジョージ・ベストは、英国のスポーツ史上初めての“国民的アイドル”となった。


 だが、やがて彼の上空には、スーパースターゆえの強大な雷雲が立ち込めだした。「お国柄」とも言える辛辣なマスメディアやパパラッチの洗礼を受け、次第にフィールド外でのスキャンダラスな報道が増えた。彼の生意気で自信に満ちた言葉、常に美女に囲まれ、奇抜なファッションと気ままなライフスタイル。およそサッカー選手らしくない振る舞いに、“古いタイプの大衆”たちからのバッシングを浴びるようになる。彼もその挑発に乗るかのように、金と酒と女に溺れ、練習をサボり、あげくに試合をすっぽかす。気難しさはエスカレートし、身勝手な奇行を繰り返すようになる。しかし、たび重なるペナルティーや出場停止の処分を受けた後でも、彼の輝きは他の比ではなかった。しかし、この傲慢な若造にこれ以上振り回されることを拒んだチームは、わずか27歳で解雇してしまう。これは、事実上の彼のキャリアの終焉だった。その後、幾たびかの引退と復帰をし、数々のチームを渡り歩くが、もはやそれはサッカーへの情熱のためではなかった。


 わずか10年あまりで神から授かった奇跡にピリオドを打ってしまったジョージ・ベスト。


 晩年の彼は、重度のアルコール依存症に侵される。幾度もの大きな手術を受けるが、最後までその誘惑から逃れられなかった。彼の後半生は、けっして人の手本となるものではなかったが、身震いするほどのプレーの数々と眩いばかりの輝きは永遠に色あせるものではない。2005年12月3日。故郷の北アイルランド・ベルファストでの葬儀には10万人もの市民が参列し、まさに“国民葬”ともいうべきものだった。


 まだ日本にJリーグも無く、日本がワールドカップに出場する日が来るなど夢にも思っていなかった頃、当時のサッカー番組で初めて見たジョージ・ベストの戦慄。その後に現れた幾多の名選手の誰にも感じることのない“魔性の魅力”がそこにあった。
 それは、少年時代の私が、サッカーの媚薬に触れた瞬間だったのです。