神に選ばれし者 〜ジョージ・ベスト〜
2005年11月25日。ひとりの伝説のサッカー選手が星になった。翌日行なわれた英国プレミアリーグの全ての試合で黙祷が捧げられ、59歳での早過ぎる別れに涙し、観衆は彼の名を叫び続けた。 今なお語り継がれる、60〜70年代を席巻した名プレーヤーである。凡人には計り知れないほどの独創性に富んだプレーで、あの“サッカーの王様”ペレをして、『史上最高のプレーヤー』と言わしめた男。 だが、やがて彼の上空には、スーパースターゆえの強大な雷雲が立ち込めだした。「お国柄」とも言える辛辣なマスメディアやパパラッチの洗礼を受け、次第にフィールド外でのスキャンダラスな報道が増えた。彼の生意気で自信に満ちた言葉、常に美女に囲まれ、奇抜なファッションと気ままなライフスタイル。およそサッカー選手らしくない振る舞いに、“古いタイプの大衆”たちからのバッシングを浴びるようになる。彼もその挑発に乗るかのように、金と酒と女に溺れ、練習をサボり、あげくに試合をすっぽかす。気難しさはエスカレートし、身勝手な奇行を繰り返すようになる。しかし、たび重なるペナルティーや出場停止の処分を受けた後でも、彼の輝きは他の比ではなかった。しかし、この傲慢な若造にこれ以上振り回されることを拒んだチームは、わずか27歳で解雇してしまう。これは、事実上の彼のキャリアの終焉だった。その後、幾たびかの引退と復帰をし、数々のチームを渡り歩くが、もはやそれはサッカーへの情熱のためではなかった。 |
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晩年の彼は、重度のアルコール依存症に侵される。幾度もの大きな手術を受けるが、最後までその誘惑から逃れられなかった。彼の後半生は、けっして人の手本となるものではなかったが、身震いするほどのプレーの数々と眩いばかりの輝きは永遠に色あせるものではない。2005年12月3日。故郷の北アイルランド・ベルファストでの葬儀には10万人もの市民が参列し、まさに“国民葬”ともいうべきものだった。 |
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